2013/09/10

ダイナ故郷へ・・・    前編



独立も間近に迫ったスミヨシが、お店の準備の合間に来てくれ1台の車両を今日から関東に向かって走るデュオさんのトラックまで運んでくれました。

宮城ナンバーのダイナ




震災からすでに2年半が経とうとしている・・・。


バンカラスタッフの家族に、宮城県本吉郡南三陸町を故郷に持つ者がいます。
あの時の状況では従業員の実家があるからとか、そんな理由ではなかったと思います・・・

日本中のみんなが「今すぐ東北へ行かないと」、「兎に角何とかしたい」、と思ってた。



そんな中、まずは従業員の実家のある南三陸へ

バンカラからは、社長が代表してみんなから募った物資を届け、向こうでの救援活動、瓦礫の撤去などを行いました。

翌月の4月から、月に一、二度だけだけど3か月間物資の運搬と手伝いに向かいました。


従業員の家族の同級生や知り合いの所を回り手伝いをしていた時、

あんなに高い津波にのまれた町で奇跡的に瓦礫の中で発見されたダイナのオーナーと知り合う事に・・・

パッと見た目は普通に見えますが、津波に流され何時間も海水につかった車両をオーナーの方はもう諦めていたようでした。


日本中のみんなが


自分たちに出来る事で、何とかお手伝いをしたいと誰しも思ったはず

社長は、4月・5月・6月と3か月通った最後の時に、ダイナを引き上げて広島に戻ってきました。


自分たちの出来る事で・・・





もちろん、通常の仕事をしなくてはいけません。

でも、サービスのスッタフみんなは仕事が終わったあとの時間を使い少しづつダイナを修理して行きました。



・・・、



あれから2年が過ぎた、今年の夏


やっとダイナのエンジンが掛かりました。



今日のブログは、そんなダイナのちょっとした話です。





上の写真は、震災から3か月経った6月頃に広島に運んで帰った直後です。

ホント普通に見えますが、色々とバラして行くと・・・

エアクリーナーの中は砂だらけ・・・





各部・・・砂・・・



プライマリーケースからは、海水・・・






当然、エンジンの中もこうなっています。







砂と、海水と、錆びしか出てきません・・・





電装部品はほぼ壊滅状態





フレームネックの内部・・・、

フレームは、穴を開け錆取り剤を流し込み錆取りをしました。その後はアブラでコーティングw




オイルがオイルじゃないです。





色々な人に協力を頂き、やっと元の形に。。。


そして、今月の12日晴れてオーナーのところにバイクをお届けできます。。。
バンカラ社長と修理を担当したスミヨシが向かいます。


喜んでくれるといいなぁ。

後編で笑顔が見れるかな。。。